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福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)47号 判決

控訴人

蒲地哲弘

右法定代理人親権者父

蒲地隆弘

右同母

蒲地敏子

右訴訟代理人

中山茂宣

被控訴人

福岡市

右代表者市長

進藤一馬

右訴訟代理人

和智龍一

外三名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し金四〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを六分し、その五を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決は、控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金六〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(控訴人は当審において右のとおり請求を減縮した。)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に訂正、付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決三枚目裏八行目と九行目の間に、次のとおり挿入する。

「(一)訴外小林哲男は、当時春吉小学校二年に在学中のもので、その年令に照らし、責任能力なきものであり、したがつて、同児童を担任として引率した同校教諭堤節子は、親権者に代わつて同児童を監督する責任に任じていたものであるところ、前記のとおり、同児童が投石行為に及びその結果控訴人が負傷したのである。しかして、同教諭は、同児童が投石などの危険な行為に出ないよう監督すべき義務を怠つていたものであるから、民法七一四条二項により控訴人について生じた損害を賠償する義務がある。」

2  原判決三枚目裏九行目冒頭の「(一)」を「(二)」と改め、同九行目から一〇行目の「春吉小学校教諭先沖知恵子」とあるのを「金山小学校教諭先沖知恵子」と訂正する。

3  原判決四枚目裏一二行目冒頭の「(二)」を「(三)」、同五枚目表三行目冒頭の「(三)」を「(四)」とそれぞれ改める。

4  原判決五枚目表八行目以下同六枚目表九行目までを次のとおり改める。「控訴人が、前記のとおり、受傷後適切な治療を施されないまま徒歩行進させられて苦痛を強いられたこと、その後入通院治療を受けなければならなかつたことによる肉体的精神的苦痛、前記後遺障害として左眼の視力を殆んど失つたことによつて蒙る現在及び将来に亘る耐え難い程の精神苦痛に対する慰藷藉料額は金六五〇万円を下ることはない。

しかして、控訴人は、小林哲男から見舞金として金五〇万円の支払を受けたので、被控訴人に対し、右慰藉料額の残額金六〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年一一月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

5  原判決六枚目裏一二行目及び一三行目を次のとおり改める。

「4 同4項中、控訴人が小林哲男から見舞金として金五〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。」

6  〈証拠関係省略〉

理由

一控訴人が昭和四三年三月二六日生れで、本件事故が発生した昭和五〇年一一月五日当時福岡市金山小学校の二年生であつたこと、右事故の日同小学校二年の児童がその担任教諭三名に引率されて福岡市西区の油山観音に遠足に行つたこと、ところが、同日福岡市春吉小学校二年生の児童もその担任教諭三名に引率されて右油山観音に遠足に行き、同所において春吉小学校の児童小林哲男の投げた石が控訴人の左眼付近にあたり、控訴人に傷害を負わせるに至つた本件事故の経緯については、次のとおり付加・訂正するほか、原判決一一枚目表二行目から同一四枚目表三行目までに説示される当事者間に争いのない事実及び原審認定の事実と同一であるからこれを引用する。

1  原判決一一枚目表一二行目の「同岡村肇」の次に「、当審証人小林哲男」と挿入し、同一三枚目表一〇行目の「原告は右の口論には加わらず」以下同一三行目「投げつけ、これが原告の」までを「両校児童が互いに声高に口論するうち、ある者は相手の襟首を掴むなどし、そのうち金山小学校の児童の一人が小林哲男に対して付近にあつた小石を拾つて投げつけ、これが同人の足に命中したので、これに憤慨した同人は付近にあつたピンポン玉大の小石を拾つて金山小学校の児童目がけて投げつけたところ、これが外れて右喧嘩には加らず少し離れたところでなりゆきをみていた原告の」と訂正する。

2  同一四枚目表三行目と四行目との間に次の項を挿入する。

「7 本件事故現場である油山観音境内は、福岡市西区東油山、西鉄油山バス停留所の南方約一キロメートル付近の高台にあつて、右境内の最高所に本堂があり、その前に凡そ二〇〇坪(六六〇平方メートル)程度の広場(以下「本堂前の広場」という。)があり、その北側に門があつて、そこからやや急勾配の狭い石段をわずかに下れば本堂前の広場よりやや狭い広場(以下「石橋前の小広場」という。)に至り、その北側の石橋を通つて下れば山門に至ること、本堂前の広場の東北側には前同様の狭いやや急勾配の石段があり、これをすこし下れば本堂前の広場と同程度の広さのある広場(以下「社務所前の広場」という。)に至ること、更に社務所前の広場から北西に通じるゆるやかな石段を下ればすぐに前記石橋前の小広場に至ること、以上のように、本堂前の広場、社務所前の広場及び石橋前の小広場は互いに石段で通じあつているところ、右広場付近一帯の周囲は樹木が茂り、遊び場として適切な場所は右三つの広場以外になく、石橋前の小広場には一般の山道に認められるように小石が散乱していた。」

二本件加害者小林哲男が小学校二年在学中のものであつたことは右のとおりであり、当審証人小林哲男の証言によれば、同人は、当時満八才に過ぎなかつたものであることが明らかであるから、当時同人にはいわゆる責任能力がなかつたというべきであるところ、控訴人は、右小林を担任教諭として引率していた堤節子において、代理監督者としての注意を欠いていたから、民法七一四条二項により責任を免れない旨主張するので判断を加える。

小学校の教諭が小学校における教育活動あるいはこれと密着した範囲における活動に関し、その担任する児童生徒を自己の監督下においた場合にはいわゆる代理監督者としての責任を負わなければならないことは多言を要しない。したがつて、本件遠足において、責任無能力者である前記小林哲男を担任教諭として引率していた前記堤節子は、本件当時、法定の監督義務者である親権者等に代わつて責任無能力者を監督すべきいわゆる代理監督者の責任を負つていたことは明らかである。しかして、代理監督者は、その監督のもとにある責任無能力者のなした不法行為に関して、その監督義務を怠らなかつたことを証明しない限り損害賠償責任を免れないものであるところ、本件全立証によるも右堤教諭において代理監督者としての監督義務を尽したことを認めるに足りない。かえつて、同教諭において監督義務を懈怠していたものであることは、後に判示するとおりである。してみれば、同教諭は、小林哲男のなした本件加害行為に関して、民法七一四条二項による賠償責任を免れないものというほかない。

三次に、控訴人は、春吉小学校教諭堤節子、釜瀬俊郎、大石ホズミ及び金山小学校教諭先沖知恵子、森登志喜、小山千鶴子は、それぞれ遠足の引率教員として生徒が投石等の危険な行為に出ないよう監督する義務があるのに、これを怠つた過失により本件事故を生ぜしめるに至つたものである旨主張するので、検討する。

判旨公立小学校の教諭は、その職務上、教育活動に関してその児童生徒を監督保護すべき義務を負うものであり、小学校における教育活動として行われる遠足のような集団教育の行事は、管理の行き届いた学校内とは異なり、校外における多数の児童生徒の集団行動として行われるものであることなどの事情に鑑み、その行事に引率者として参加する各教諭は、自己の担任学級に属する児童生徒については勿論のこと、引率者として事実上監護を及ぼすことのできる全児童生徒に対し、集団行動のためにおこりうる事故について共同して監護する義務を負うものと解すべきである。

ところで、春吉、金山両校は、それぞれ各個に遠足行事を計画実施したところ、たまたま同時に本件油山観音境内地を休憩場所として選び利用することとなつたに過ぎないものであつて、両校の共同企画による行事ではなかつたのであるから、春吉小学校教諭堤、釜瀬、大石の三名は、同校児童生徒の引率者として、これを共同して監護すべき義務を負い、他方、金山小学校教諭先沖、森、小山の三名は、同校児童生徒の引率者として、これを監護すべき義務を負つていたものである。

しかして、小学校低学年の児童生徒がグループ同志で接した場合には、相互の好奇心ないし対抗意識から両者の間に心理的な緊張状態を生じ、些細なことから喧嘩等の紛議や小競り合いなどを生ずる虞れなしとせず、殊に遠足というような児童の気分が高揚し、解放的な心理状態となることを避け難い場においては、右の虞れが多分にあることは控訴人主張のとおりであるから、偶然とはいえ両校児童生徒が遠足の場を同一とする事態が現出した以上、引率の任にあたる教諭としては、右の点に十分に配慮して、適切な監督の措置を講ずるべきであつたことはいうまでもない。

そして、前記認定のとおり油山観音境内は三つの広場を合せてもさして広い場所とはいえないのであるから、同所に両校の二年生各三学級の多数児童生徒が入り交つて遊び廻るときは、他校生への対抗意識から、とかく喧嘩を招き易いものであり、特に、春吉小学校の児童生徒は、思いがけず他校の児童生徒が後から割り込んできて遊び場所を狭ばめられたとの意識から敵がい心を燃やし、些細なことから両校の児童生徒間に紛議を生じ、これが喧嘩闘争に発展し傷害事故が発生する虞れがあることは十分に予測することができたものというべきである。現に、金山小学校教諭森登志喜は同校の児童生徒に対し食事前他校の児童生徒がいるので喧嘩などしてはならぬと戒め、遊びの場所も他校の児童生徒が集つている社務所前広場には行かぬよう注意したのは、かかる事態が起ることを予想したからに外ならない。

被控訴人は、当時の状況下にあつて両校の児童生徒が口論し喧嘩するであろうことは予想し得たにしても、まだ低学年の小学校の児童生徒が石を投げることまでは予想し得なかつた旨主張するけれども、小学校二年生程度の低学年児においては、集団で喧嘩闘争に及ぶときには、投石行為などの走り勝ちなことは明らかであつて、予見が極めて困難な事故であつたということは到底できない。

してみれば、春吉小学校児童生徒を監督すべき地位にあつた同校教諭堤ほか二名は、金山小学校児童生徒が同境内地に登つて来た際、これを直ちに知つたのであるから(金山小学校教諭森登志喜は、原審証人として、自校児童生徒を引率して右境内地到着後間もなく春吉小学校教諭釜瀬俊郎と出会い挨拶を交わした旨供述している。)、自校の児童生徒が金山小学校の児童生徒との間に喧嘩口論などに及ぶことのないよう適切な防止措置を講ずべき注意義務があつたものというべきところ、本件全立証によるも、堤、釜瀬、大石の三教諭において右の措置に出たことを認めることができない。かえつて、原審証人堤節子の証言によれば、右三教諭とも特段の措置に出なかつたことが明らかである。

右のとおりであるから、加害者小林哲男の引率者である右三教諭については、右加害行為の発生を防止するについてなんらの措置にも出なかつた点に過失がある、というべきである。

一方、金山小学校教諭先沖ほか二名については、引率して来た控訴人ら同校児童生徒が校外における集団行動のためにおこりうる交通事故その他の事故の回避について配慮し監護すべき義務があるものというべきところ、同校学年主任森教諭は、児童生徒らを解散させるに当り、他校生も遠足に来ていることを告げて、これと喧嘩しないよう注意を与え、さらに、遊び場所を春吉小学校児童生徒の来ていなかつた本堂前広場と小広場に限定し、他校生には近づかぬよう指図し、かつ、同教諭らの目がひととおり行き届く範囲内で自校の児童生徒らに食事を摂らせたことは、その時点においては一応適切な措置であつたものというべく、右の範囲内においては森教諭らに監護義務の懈怠はなかつたものとみるべきである。

しかしながら、同校児童生徒ら相当数のものが食事を了えてから、遊び場所にゆとりのない本堂前広場をはなれて石橋上の小広場の方に移動して行つたものであり、同校森教諭らは当然これを目撃していたものと認められるから、同教諭らの目の行き届かない右小広場上において、同校児童生徒が春吉小学校児童生従と接触して両者の間に喧嘩闘争の生じる虞れのあることを逸早く予見し、これを防ぐため、少くとも同校教諭のうち一名は同広場を巡回して児童生徒らの行動を監視すべきであつたものであり、右の注意を尽していれば、本件事故の発端となつた両校児童生徒間の口論をその発生と同時に察知してこれを制止することができ、延いては、本件傷害事故の発生を未然に防止しえたものと認められる。してみれば、同校森教諭らにおいては、右の措置に出なかつた点において控訴人の身体の安全を計る配慮に欠けていたものというべく、過失によつて控訴人を負傷させたものといわざるをえない。

四次に、先沖、森の両教諭が、控訴人の受傷後、これに対してとつた措置は、監護義務を著しく懈怠したものと認むべきものであつて、この点に関する当裁判所の認定および判断は原判決二〇枚目表六行目から同二四枚目表三行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。

五被控訴人の後遺症並びに慰藉料について

〈証拠〉によれば、控訴人は本件事故の翌日である昭和五〇年一一月六日福岡大学病院眼科で診察治療を受け、以後同月二七日に手術を受けるなど治療に専念したが、左眼の回復は期待できず、昭和五一年四月頃には左眼裸眼視力低下(コンタクトレンズ装用にて0.6及至0.8)、左眼視野狭窄(八方向にて一五度乃至三〇度)があつたが、以後左眼は次第に視力が低下し、現在はただ明るさを感ずるのみで影響像を認める力はないこと、そのため、控訴人は右眼のみの視力により生活することを余儀なくされ右眼を酷使するため疲れ易く学校生活にも支障があり、加えて友だちからは「両眼が見えなければザトウ市だが片目が見えないからサトウ市だ」などとあなどられ不快な思いをこらえて通学するなど精神的肉体的に可成りの負担に耐えながら生活していることが認められ、これの反証はないから、控訴人は、右の後遺障害により、更に生涯に亘つて、日常生活上の不便を強いられるのみならず、学業の習得にも困難を来し、就職、結婚等においても相当の不利益を甘受せざるをえないものであることが明らかである。

以上諸般の事情を考慮すれば、控訴人が本件事故によつて蒙つた精神的損害を慰藉するには金四五〇万円をもつて相当とする。

六被控訴人の責任

被控訴人は、学校教育法に基き、春吉小学校及び金山小学校を設置、管理するものであり、春吉小学校教諭堤節子、釜瀬俊郎、大石ホズミ及び金山小学校教諭森登志喜、同先沖知恵子、小山千鶴子はいずれも福岡市教育委員会から仕命された地方公務員であることは弁論の全趣旨によつて明らかであるところ、同教諭らには控訴人主張のとおり各過失責任が認められ、これはすべて、その職務遂行上なされたものであるから、被控訴人は民法七一五条、及び国家賠償法一条により控訴人の蒙つた本件損害を賠償すべき責任がある。

七そうすると、控訴人の本訴請求は、控訴人に対し前記認定の慰藉料金四五〇万円から、すでに受領ずみの金五〇万円を差引いた残額金四〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一一月六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(松村利智 金澤英一 早舩嘉一)

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